love_healing_terra


Awakning
覚醒


一人ひとりが
この地上に存在する理由は一つだけ。
それは、真理に出会い、
ふたたび故郷に帰るため。
その真実を感じとることを
自らに許しなさい。
『イェシュアの手紙』より
マーク・ハマー 著
マリディアナ万美子 訳
発行 ナチュラルスピリット


私は、多分、
幼少の頃から人生に行き詰っていた。
愛を表現する為にこの世にやって来たはずなのに、
それがどんどん出来なくなって、
絶望していた。
全ての人が愛だと知っていて、それを伝えたいのに、
この世の人は、愛を求めながら、
そんなことは受け入れなかった。
そのうち私にも、苦手な人や嫌いな人が出来て、
その思いを本当に払拭する事は出来なかった。
出来るだけ皆と同じレールに乗って、
進学、就職、結婚、出産、育児…
楽しいこともあったが、
絶望は深まるばかりだった。
本当に大切なものは愛のはずなのに…
私は結局それを得ただろうか?
人から見たら、一見、私は普通に見えるだろう。
でも、得たいものは、得られなかった。
結局、得たいことの先には、絶望しかないのではないだろうか?
私は、真理を求め始めた。

覚醒出来るなら、
どんな方法でもよかった。
ただ、宗教に分類されるものからは、
教え以外の利益やコントロールを感じた。
キリスト教に関しては、
真実を曲解しているのを感じていた。
仏教に関しても、座禅を組みに行っても、
本当に覚醒を求めるものと違ったし、
ヒンズー教に準じて瞑想もしてみたし、
イスラム教のスーフィの教えにも魅了された。
クンダリーニを上昇させることについてや、
チャクラを開くことについても勉強した。
覚醒していると言われている人の本も読み漁った。
その時既に、スピリチュアル産業で最先端と思われる外国人講師数人に師事した
地元に近い所に住む方を見つけて、師事もしていた。
そのどれもが、
覚醒に至るものではなかった。
いや、なかなか得られないにしても、
教えられたとおり瞑想をすることで、ある種の境地は得られた。
非常に個人差のあるものだが、光の体験と言われるような体験もしたし、
神に問いかけて、その声も聞いた。
だが、そのように世の中で覚醒だと思われている事は、
見えない意識の世界が本当にあるという、
最初の一瞥でしかないということを知った。

私には、ずっと心の奥底で感じ、
私を導き続ける質があった。
それはまるで、
この世においては「甘い」と一蹴されてしまうような、
なんとも優しくて、柔らかな質だった。
それが、幼少の頃から私が表そうとして出来なかった愛だったとわかったのは、
2000年前に「道の教え」と言って私が携わっていた、
イエス・キリストの教えをチャネリングして提供してくれている、
ジェイエム(マーク・ハマーさん)のWay of Masteryの本を読んで勉強してからだった。

覚醒について沢山の本を読んだが、
覚醒の状態や、どうしたら覚醒出来るかについて、
詳細に書いている本を見たことが無かった。
覚醒について、言葉では説明出来ない、出来るものではなく、
説明したとしても、なんとなく表層だけを見ているだけで、
「わかったような気になる」事は出来ても、
本当にわかるものではなかった。
多分、世の中にあるものは、そういったものしかなかったのだろう。

ところが、Way of Masteryの本は違った。
言葉では説明出来ないはずの事が、
言葉で説明されていた。
私は、理解しきれていないことが言葉で説明出来ない事でしかないと悟った。
『イェシュアの手紙』を読むと、他の本との違いが分かると思う。
一度読んでも理解出来ないが、
自分が成長していくにつれて、違った読み物になって行く…そんな本であり、
今まで読んだ事の無い、覚醒についての教えがそのまま載っている本である。
でもこれは、序章でしかない。

私の苦悩は、生まれる少し前から始まっていた。
身体が出来上がるにつれて少しずつ、自分のものではない思考を聞き始めたからだ。
この世に生まれて、痛みを伴う身体と、エゴの思考を持つ者となってから、
全てが愛だったはずなのに、
愛ではなくなってしまった認識や知覚が元に戻らなければ、
私の存在状態は変わらない。

私が世の中で覚醒だと言っている事に疑問を持ったのは、
その存在状態がどのように変化しているのかと言う事だった。
過去世を全部思い出すとか、
魔法のようなことが出来るとか、
もう平安しか感じないとか、
世の中で思われている事は、間違いだと今は言える。
それは、人間としての痛みがもたらした欲求なのだろう。
覚醒した状態について、まだ勉強中なので全て説明は出来ないが、
私の現在知り得るところから言えば、
より、生きる上で無意識のことが無くなり、
自分が作り出している痛みを愛に変える事が出来る…
正確には、
愛だったものをそのまま知覚・認識出来るようになるということだ。

覚醒とは、悟りとは、
多分、みんなが思っている事とはちょっと違い、
自分が本当は光であること
自分が本当は愛でしかないこと
自分は真実の愛を知っているのに、愛でないものを愛だと思っていること
愛ではないと知覚・認識していた周りの全てが愛になること…
それが、この道の行く先に起こる事だと思う。
その他、
自分は身体ではなくて意識だと本当にわかること、
「死」はないとわかること
怖れを超えること
悲しみが無くなるわけではないこと
そして、
この転生が最後になり、
肉体の死後、意識の本拠地へと本当に還ること
だと思っている。

そしてそれは、何かの修行とか、一瞬の一瞥で出来るものではなく、
自分の無意識に一つひとつ丁寧に向き合って修正していく、
地道で時間のかかる作業だと思っている。
しかもそれは、この世で生きる方向である流れに逆らうものだから、
抵抗が出て来て、なかなか進まない。
いつものエゴの罠にはまって、くじけそうになる。
また、今まで真実を避けて来た人間にとって、
いきなり対面する真実は、眠くなってしまって意味が取れなかったりする。
それから、Way of Masteryの本は、
Chapter OneとかSection Oneではなく、Lesson Oneという形になっています。
要するに、一章、二章…ではなく、練習1、練習2と言う形になっているということ。
これは、意識の変化を起こす練習をして進んで行く本なのです。
だから、知識を得る為に読むのではなく、
意識の変化の為に練習をします。
それらを私達は、一人で行うのは難しいので、
一緒にやる為に、講座を提供しています。

私は、ACIM(ア・コース・イン・ミラクルズ)も大好きでした。
ただ、ACIMは2人の人が仲良くなりたいのに何故なれないのか、
それを求めた呼び声に応えられた本なので、
残念ながら、覚醒には至りません。
ACIMの続きでもあり、また、覚醒への道を教えている本、
Way of Masteryの3部作と言われているWay of the Heart『ハートの道』から始めます。

覚醒とは、
生きる葛藤や辛さを超えて、真の自己の意識で生きる自分へと変化する事。
それは、女性だから、主婦だから、家族がいるから、仕事があるから、
学校の成績が悪かったからetc…出来ないものではなく、
真理に出会い、ふたたび故郷に帰る意欲さえあれば、
その道は開きます。

それは、不毛の努力でも、修行でもありません。
優しさに導かれていくこと…





詳しくは、お問い合わせください。